建設特許の判例

鹿島建設の「地盤強化工法」が訴えられた

(平成26年(ネ)第10030号)(原審・東京地方裁判所平成25年(ワ)第5071号)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/359/084359_hanrei.pdf
事件の背景
鹿島建設は、「東京駅丸の内駅舎地下免震工事」(以下「鹿島工法」)を施工しました。
一方、株式会社ジンムは「地盤強化工法」(特許第3793777号)の特許権者でした。
ジンムは鹿島に対して、損害賠償、または不当利得に基づく利得金返還請求の一部請求として9億7,020万円の一部である1,000万円及び遅延損害金の支払を求めました。約10億円です。
地裁では、本件工事に係る工法は、ジンム特許の技術的範囲に属さないと判断しました。そこでジンムが原判決を不服として本件控訴を提起したものです。
ジンム特許とは?
ジンム特許の請求項の記載は次の通りです。
鉄骨などの構造材で強化、形成されたテーブルを地盤上に設置し、前記テーブルの上部に、立設された建築物や道路、橋などの構造物、または、人工造成地を配置する地盤強化工法であって、前記テーブルと地盤の中間に介在する緩衝材を設け、前記テーブルが既存の地盤との関連を断って、地盤に起因する欠点に対応するようにしたことを特徴とする地盤強化工法。
この記載の通り、地盤を強化する工法、すなわち「方法の発明」です。
方法特許の場合には、完成した構造ではなく、施工の順序が問題になりますが、それが議論になりました。
この工法を施工して完成した状態を図示すると下のような構造になります。(公報の「図1」より)
鹿島工法とは?
それに対して鹿島工法は、東京駅の駅舎の地下の免震工事です。こんな地下の工事をジンムが見つけたのは、鹿島のウェブサイトに「東京駅丸の内駅舎保存・復原工事」の記録が出ていたからのようです。
その一部は下記の通りですが、この工事のどこに「テーブル」があるの?
という気がしますが、ジンムの主張からするとそう簡単ではないようです。
方法の発明か物の発明か
ジンムはまず、この発明の実質は「物の発明」である、と主張しました。発明の名称が「工法」という「方法の発明」になっているにもかかわらず、です。
なぜ「物の発明」にこだわったか?
方法の発明は、時系列的な要素、すなわち施工順序が重要です。
するとジンム特許では、まずテーブルを地盤上に設置し、それから前記のテーブルの上に、建築物などを配置するという順序のように読めてしまいます。
すなわち、まず(1)地盤が先で、その上に(2)後から建築物を配置する特許です。

しかし鹿島工法ではその順序はどうか?
当然ながら東京駅の駅舎は100年経過した既存の建築物です。すると鹿島工法では、(1)建築物の構築が先で、(2)その後に「地下躯体」(これが「地盤」に相当するという)を構築します。

だから、ジンムとすると、時間的な前後関係が明確になるような解釈では困るわけです。
そこで、表現は「工法」だが、発明の実質は「物の発明」なのだ、と主張しました。
その理由として、

  1. (1)請求項1には「テーブルと地盤の中間に介在する緩衝材を設け」と記載されているだけで、「テーブル」と「緩衝材」について時間的な前後関係の記載がないのは、本件特許発明が「物の発明」であるからである。
  2. (2)「テーブルを地盤上に設置し、テーブルの上部に立設された建築物や道路、橋などの構造物を配置する」の部分は、「テーブル」の技術的意義を明確にするために「テーブル」が備える作用、用途などを説明的に記載したものである。
    「テーブル」と「構造物」の設置や配置は、「施工手順」を説明する目的で記載されているものではない。
  3. (3)「テーブル」が備える作用・効果、用途は、テーブル上の「建築物等」を保護することにある。
    だからジンム発明の本質は、「施工手順」にあるのではない。
    既存の建築物等の下部に「テーブル」を設置した構造によって建築物などを保護する、という目的を達成することを排除するものではない。
  4. (4)だから、発明の名称が「工法」であっても、請求項の記載からジンム発明を「物の発明」と認定することは不合理でも不自然でもない。
その結果、鹿島工法の「地下躯体」はジンム特許の「地盤」に該当し、鹿島工法の「人工地盤」はジンム特許の「テーブル」に該当する、というのです。
裁判所は?
このようなジンムの主張を裁判所はどのように判断したでしょう。
物か方法か?
まずジンム特許が「物の発明」だという主張について検討しました。
特許法は、発明の種類を「物の発明」「方法の発明」及び「物の生産方法の発明」の3種類に分類して、差止めを求めることができる行為は発明の種類によって異ならせている。しかし本件において、ジンムは鹿島に対して差止めを請求していないからその点では区別する意味がない。
また「方法の発明」であるというためには時間的な前後関係を含むことが必須であるが、しかし「物の発明」に時間的な要素を含んではいけない、という意味ではない。
そうすると、本件において、本件特許発明がいかなる発明に分類すべきかを検討すべき実益はない、と判断しました。どちらでもいいじゃないか、という判断です。
地下躯体は地盤か?
次に、鹿島工法の「地下躯体」が、ジンム特許発明の「地盤」に相当するか?を検討しました。
ジンムは、鹿島が駅舎地下の地盤に新設した「地下躯体」は、ジンム特許の「地盤」に該当する、と主張していました。
裁判所はまずジンム特許の「地盤」とは何かを検討しました。
「テーブルが既存の地盤との関連を断って、地盤に起因する欠点に対応するようにしたこと」の文言によれば、「地盤」とは、「既存の地盤」である天然地盤ないし自然地盤を意味するものと解される。
また、ジンム特許の「地盤」は、その上に「テーブル」、「建築物、道路・橋などの構造物」が配置される、との記載からすると、コンクリート構造物などはテーブルよりも上に配置するものであって、地盤を含まないものと解される。
その構造は、鹿島工法ではどうなっているか。
鹿島工法の「地下躯体」は、既存駅舎の地下に新設されたコンクリート構造物であるから人工的に構築された構造物である。
そうすると鹿島工法の「地下躯体」は、ジンム特許の「地盤」に該当しない。
ジンムはこれに対し、鹿島工法の地下躯体は自然地盤ではないが、概念上地盤と同等なものと認識されるべきである旨主張する。
しかしながら、上記のとおりジンム特許の「地盤」には人工的に構築された構造物を含まないのだから、鹿島工法の「地下躯体」はジンム特許の「地盤」に該当せず、ジンムの主張は採用することができない。
「人工地盤」は「テーブル」か?
次にジンムは、鹿島工法の「人工地盤」は、ジンム特許の「テーブル」に該当する、と主張していました。
テーブルとは何か?
裁判所はまずジンム特許でいう「テーブル」とはどんな物か?を検討して次のように判断しました。
ジンム特許では地盤に「テーブル」を設置した後に「テーブルの上部」に構造物等を配置する工法であると解するのが相当である。
すると、ジンム特許でいう「テーブル」とはそのような順序で施工されるものに限られる。
構造物の配置に先行して地盤に設置するのが「テーブル」だというのです。
その点に対してジンムは、「テーブルの構造と施工の順序は関係がない」と反論しましたが、その反論に対しては次のように判断しました。
ジンム特許の「テーブル」の技術的意義は、地盤と構造物等との関連を断つことにあるものと認められる。
そうするとジンムの主張の通り「テーブル」を設置する順序が地盤上に構造物等を配置した後である場合も対象となり得るとも言えそうである。
しかし実際に先行して構造物等を配置した後に、その下部にテーブルを設置するということになれば、テーブルの上部の構造物等をどのように支持するかという技術的問題が生じることは明らかである。
その点についてジンム特許では対処方法について記載も示唆もない。
そうするとジンム特許に、構造物等を配置した後に「テーブル」を設置するものも含まれると解することはできない。
このように、構造物よりも先行して設置するのがジンム特許の「テーブル」であって、構造物の構築に遅れて設置するのは「テーブル」とは言えない、という判断です。
鹿島の「人工地盤」は?
以上のように、ジンム特許の「テーブル」とは、その設置が構造物等の配置に先行することを示すもの、と解しました。
それに対して、鹿島の「人工地盤」は、100年の歴史を持つ東京駅の駅舎が建築された後に設置されたものです。
すると鹿島工法の「人工地盤」は、「構造物等の配置前に設置される」というジンム特許の「テーブル」の要件を充たさない、と判断しました。
結論
以上のとおり、鹿島工法はジンム特許発明の「テーブル」を備えていないのだから、本件控訴は理由がないからこれを棄却する、という判決でした。
ジンムは鹿島から約10億円の損害金を賠償させることができませんでした。
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