建設特許の判例

岡部のクランプが訴えられた

平成11年(ワ)第14338号 実用新案権侵害差止等請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/231/012231_hanrei.pdf
揺動クランプとは
この事件の対象である揺動クランプとは、下図のようにH形鋼のような板にパイプを取り付けるための把持具です。(実開昭61−39747から)
板をつかむ部分と、パイプをつかむ部分とが回転自在、かつ折り曲げ自在となっており、パイプをいろいろな角度で取り付けることができる、という特徴を備えています。
事案の背景
柚原氏は実用新案権2146102号の権利者であり、その請求項の記載は以下の通りです。
所定板材に固定される開口部を有する側面略コ字形の固定体と、固定体に揺動自在に軸着された連結体と、連結体に取付けられて所定管材を把持する把持体とから成る揺動クランプにおいて、連結体を、把持体が取付けられる取付板と、固定体を両側から挟装する一対の両側板とで断面略下向コ字形に形成し、連結体を揺動せしめて固定体が固定された板材に対して垂直あるいは水平に位置した際に、固定体上面あるいは側面に衝接して連結体を係合支持する支持体を前記取付板下面に設けると共に、固定体開口部の略直角を構成する上縁部及び側縁部と略一致する当接片の下縁を有する略T字形状の当接片を前記両側板に夫々に設け、固定体が固定された板材に対して把持体が垂直あるいは水平のいずれの位置にあっても、支持体と当接片とが同時に固定体と板材とに夫々係止することを特徴とする、揺動クランプ。
この柚原実用を図示すると以下のようになります。
右図の中央部分の「支持体と固定体との接触」、および「当接片の左側の翼の下縁と板材との接触」に注目してください。
一方、岡部株式会社とその子会社は、似たような揺動クランプを製造、販売していました。下図は本件訴訟の対象物その物ではないですが、クランプの一例です。(岡部カタログより)
本件は、柚原氏が岡部に対し、岡部が販売をしている揺動クランプは柚原考案の技術的範囲に属するから、その販売は柚原実用新案権の侵害であると主張して、その販売等の差止め及びこの侵害による損害の賠償を求める事案です。
本考案の特徴
柚原考案は、「支持体が固定体」に、「当接片が板材」に、「同時に」係止する点に特徴があります。
いずれか一方の接触に隙間があって、2組が「同時に係止」していない構造では、柚原考案の技術的範囲に属さないことになります。
両側の2組が同時に係止することによって、把持体で把持したパイプに荷重がかかった場合に、その荷重を2か所で分散して支持できる、という効果があるのです。
そのような効果は、板材に対して垂直に取り付けた場合でも、水平に取り付けた場合でも同様に達成される、というものです。
同時に接触しているか?
前記のように柚原考案では[当接片が板材]に、[支持体が固定体]に「同時」に接触していることが要件になっています。
そこで岡部は、50個の岡部クランプについて、板材に対して把持体を垂直又は水平の位置に取り付けて、すきまを測定する実験を行いました。
結果はどうだったか?
この実験では、板材に対して岡部クランプを垂直の位置に取り付けた場合においては支持体と固定体とのすきま(上図の右側)は、おおむね0でした。
ところが当接片の下縁と板材のすきま(上図の左側)は、0のものはなく、0.6ミリメートルを中心に、0.15から0.92ミリメートルの間に分布していました。
垂直に取り付けた場合に、上図の2組が「同時に」係止してはいなかったのです。
そうであれば岡部クランプの製造は侵害にはならない・・・ということで裁判は終わりそうですが残念ならがそうはいきませんでした。
岡部の実験
裁判所によって、岡部の最初の実験は「岡部クランプに荷重をかけて行ったものではないと認められるので、実際の使用状態とは異なる状況で実験されたものである。」と判断されてしまったのです。
それがなにが問題か?
柚原考案に係る揺動クランプは、ビルディング等の建設現場において、足場用管材及び足場の手摺用管材を設置する際に使用されるものであること、揺動クランプは、作業者が乗って作業をする足場やその足場の手摺りを支えるものであるため、十分な安全性が求められること、揺動クランプは、厳密に設計図どおり製作されるものではなく、製品によって細かい部分にはばらつきがあること、以上の事実が認められる。
問題の2か所が同時に接触しているかどうかは、製品を机上に並べて見るのではなく、現場で荷重がかかる使用の状況によって判断しなければならない、そして現場では繰り返えし荷重や、衝撃荷重が加わるはず、というのです。
そこで岡部では再度、6個の岡部クランプについて実験に挑戦しました。
それによるとそのうちの4個は、いずれのすきまも0ではないという事実が認められました。支持体と固定体の接触、当接片と板材の接触、この2か所が同時に接触していないじゃないか、という結果です。これならやはり非侵害です。
岡部実験の失敗
ところが裁判所は、岡部による実験の結果を次のように評価しました。
証拠によると、岡部が、岡部クランプに荷重を加える実験をしたこと、これらの実験において、岡部クランプの支持体と固定体とのすきまが消滅したものはなかったこと、以上の事実が認められる。
しかしながら、現場では多方向からの繰返し荷重を受けると推認されるが、岡部の実験では、いずれも荷重を1方向に1回しか加えていないこと、他の実験では、岡部クランプが比較的変形を受けにくい使用態様において荷重を加えていること、さらに他の実験では、パイプでなく丸鋼を使用しているため上記すきまを狭める荷重のモーメントが生じにくいこと、などからすると、岡部の実験において、上記すきまが消滅しなかったからといって、岡部クランプを現実に使用した際に、荷重により上記すきまが消滅しないとはいえない。
柚原氏の実験
それに対して柚原氏は、岡部クランプを板材に対して把持体が垂直の位置になるように取り付け、板材を岡部クランプの側に引っ張って実験を行いました。
  1. 当接片と板材の接触は?
  2. まず当接片の下縁と板材のすきまを測定しました。
    その実験に対して裁判所は次のように評価しました。
    その際に、クランプを使用中には突発的に大きな荷重がかかる場合と、長期間にわたり荷重が繰返しかかるような場合が想定される、との前提で。
    1500キログラム重の荷重をかけた場合は、荷重をかける前には、0.41ないし1.10ミリメートルあった当接片の下縁が板材のすきまは0となったこと、岡部クランプを板材に取り付け、そのパイプを手で上下に動かしたところ、当接片の下縁が板材に衝接したこと、以上の事実が認められる。
    このように、柚原氏の実験では、荷重をかけると「当接片」と「板材」とのすきまが0になったことを証明し、その実験が裁判所で一定の評価を得ました。

  3. 固定体と支持体の接触は?
  4. 次に「固定体」と「支持体」との接触です。
    裁判所は証拠を次のように認定しました。
    証拠によると、使用回収後の岡部クランプの固定体の上面及び側面に支持体が衝接した跡があることが認められる。
    その実験では、岡部クランプの固定体と支持体との間に付箋を挿入し、把持体を数回振ったところ、付箋に支持体の跡が見られたこと、把持体に手で軸方向に幾らか力を加えた状態で、付箋を固定体と支持体との間に付箋を挿入しようとしたところ支持体が位置するところよりも先には付箋が入らなかったことが認められる。
    以上の事実は、岡部クランプが使用され、荷重がかかった場合には、支持体と固定体とのすきまがなくなることを示しているものと認められる。
    このように「固定体」と「支持体」は付箋1枚も入らないほど、接触していた、と判断されました。
判決
以上の事実をもとに、次のように判決しました。
板材に対して把持体を垂直、あるいは水平に取り付け荷重をかけると、(1)当接片の下縁と板体が接するようになり、その時には同時に(2)支持体と固定体とのすきまはなくなるものと認められる。
すると岡部クランプは、荷重が加わらない状態では、支持体と固定体との間にすきまがあったとしても現場で柚原考案の効果が発揮されなければならない状況が生じたときには、すきまがなくなるものと認められる。
このように岡部クランプは、(1)支持体と固定体上面と、(2)当接片の下縁と板材が、「同時に係止」して荷重を分散支持する構造のものと認められる。
そうであれば岡部クランプは、柚原考案の他の構成要件も充足するのだから、その技術的範囲に属する。
すると岡部による岡部クランプの販売は柚原実用新案権を侵害するものである。そして、岡部には侵害行為について過失があったものと推定されるから、岡部には、この侵害によって生じた損害を賠償すべき責任がある。
岡部は柚原氏に金611万4,400円金員を支払え。
岡部クランプは荷重をかけない状態では柚原実用を侵害しない。けれども実際に現場で使用すれば、柚原実用を侵害することになる、という結論です。
岡部は、考案の背景を理解せずに実験をしたか、あるいは分かっていたけれど都合の悪い結果は出せなかったのか、どちらでしょうか。
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