建設特許の判例

大成建設の「免震工事」が訴えられた

平成12年(ワ)第20327号
事件の背景
東洋建設が特許権者です。(特許第2819008号)
この特許権を侵害されたとして、大成建設が施工した豊島区役所の耐震補強工事に対して損害賠償として、1億1,275万円を払えという争いになりました。
区役所の建物の地下で行った外部から見えない工事ですから、東洋建設はよく、その施工順序を特定できる証拠をそろえたもの、と驚きます。
東洋建設特許
東洋建設の特許(東洋特許)の請求の範囲の記載は次の通りです。
既存建物の地下部分を所定深さ掘削した後、その掘削底に厚肉のフラットスラブを打設し、次に前記フラットスラブを足場として前記既存建物の基礎を支承し、しかる後に前記基礎の下方に支柱を構築し、さらに前記支柱と前記基礎との間に免震装置を介装することを特徴とする既存建物の免震化工法。
特許権の内容
東洋特許は、「方法」の発明であり、施工の順序が問題です。それを図で説明すると以下の通りです。
地下工事はどうしても天井が低くなり、作業性が低下する、しかし東洋特許の発明なら大きな作業空間を確保して、既存建物を免震化できる、というものです。
「所定の深さ」とは
  1. 東洋の主張
  2. この争いで、東洋特許の書き出しの「所定の深さ掘削した」の「所定の深さ」とはどの程度か、が問題になりました。
    東洋は、この発明の本質的な効果は基礎梁を撤廃したことにより水平方向の移動の支障がなくなったことにある。
    だから作業空間は水平方向に広がっていれば足りるのであって、上下方向の広がり(高さ)は問題にはならない、と主張しました。
    ようするに「所定の深さ」と書いたけれど、「深さ」が発明の本質ではないのだから、地下空間は高くなくとも広ければいいんだ、という主張です。

  3. 裁判所の判断
  4. しかし裁判所は次のように判断しました。
    「所定の深さ掘削」したといえるためには、掘削された地下部分に、上下方向にも水平方向にも、免震化作業を容易にするだけの十分な作業空間が確保されていなければならないというべきである。
    その判断の根拠を東洋特許の明細書の記載に求めました。
    まず、従来の技術の問題として以下のように記載していました。
    従来技術においては、既存建物の地下部分または半地下部分に基礎梁が縦横に配置されるため、この基礎梁が作業空間を著しく狭くし、ジャッキ等の搬入や作業者の動きが困難になって、思うほど簡単に既存建物を免震化できなかった。
    それを受けて、東洋の発明の目的を以下のように記載していました。
    本発明は上記背景に鑑みてなされたもので、その課題とするところは、地下部分の作業空間を広げて、既存の建物を簡単に免震化できるようにすることにある。
    また、作用や効果には次のように記載してありました。
    1. フラットスラブを打設することで、地下部分に基礎梁のない大きな作業空間を確保することができる。
    2. 地下部分を所望の生活空間を確保するに足る深さに掘削する場合は、地下部分を住居、事務所、倉庫、駐車場等の多目的の生活空間として利用することができる。
    裁判所は現場の実情にも理解を示しました。
    1. 東洋は、東洋発明の本質的な効果は、基礎梁を撤廃したことにより水平方向の移動の支障がなくなったことにある、と言う。
    2. 同時に東洋の明細書には、フラットスラブの上面の高さを規定する旨の記載がない。だから作業空間は水平方向に広がっていれば足りるのであって、上下方向の広がりは問題にはならないと主張している。
    3. しかしながら東洋のように解するならば、上下方向の距離を問題にして規定されたはずの文言である「深さ」が意味を失ってしまう。
    4. そもそも、地下部分を掘削して作業空間を確保し、免震化作業を容易にする技術を論ずる場合において、上下方向の空間の確保が問題にならないとは考えられない。
    5. また「空間」という言葉の自然な用語例からしても、ここでいう「作業空間」とは、水平方向にも上下方向にも広がりをもつ三次元の空間をいうものと解するのが相当である。
    そうだとすると、東洋特許の「特許請求の範囲」における「既存建物の地下部分を所定の深さ掘削」の「所定深さ」の文言も、(請求項には直接の記載はないけれど)上記各記載を受けて規定された発明の構成要件であることを念頭において解釈する必要がある。
    そうすると「所定の深さ」掘削したといえるためには、掘削された地下部分に、上下方向にも水平方向にも、免震化作業を容易にするだけの十分な作業空間が確保されていなければならないというべきである、と判断しました。
    大成工法は?
    これを大成工法についてみるとどうか?
    大成工法では高さ約30pの免震装置の設置のために、約90pの空間を確保するための掘削しか行っていなかったのです。

    高さが90cmでは背中を丸めて移動しなければならず、ジャッキ等の機械や作業者が移動可能な高さの空間を確保できる程度に地下部分が掘削されているとは言い難い、と判断しました。
    その程度の掘削だから、大成工法には地下部分の作業空間を広げて簡単に免震化するという目的は存在しないのです。
    大成工法の考え方は免震装置を設置するために最低限必要な深さだけ建物の地下部分を掘削するというもので、その結果、施工性の向上という点は犠牲になっている一方、経済的であるというメリットがあったのでした。
    結論
    このように、その目的や現実の工程が大きく異なる大成工法は、「所定の深さ掘削」した、との要件を充足するとは認められないというべきであり、本件発明の技術的範囲に属することはない、との結論でした。
    こうして大成は1億1千万円を払わないですんだのでした。
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