建設特許の判例
黒沢建設 v. 住友電気工業
争いの背景
黒沢建設は実用新案権登録の権利者でした。(第2149186号:実開平4−36330)
この権利の出願日は昭和60年11月なので、現在のように無審査で登録になったものではなく、審査を経て登録されたものでした。
この黒沢が、「ノコバウエッジ」の製造、販売をしている住友電気工業を本件実用新案権の侵害として訴え、約1,600万円の損害賠償金の支払を求めました。
PCストランド(住友電工の広報誌より)
黒沢実用
本件黒沢実用は公告後に補正されていますが、その「請求の範囲」の記載は次の通りです。文章は長くなりますが、ほぼ公知の構造の説明であって、その特徴は最後の2行にありそうです。
合成樹脂を被着して形成した樹脂被覆層をPC鋼材表面に有するPCストランドが、可撓性及び滑性を有する合成樹脂材からなるシース内に滑動自在に挿通されたシース入りPCストランドをコンクリート内に埋設し、前記樹脂被覆層を有するPCストランド端部を該コンクリートのPCストランド定着端部に設けた支圧板より導出させて、該支圧板に支持させた雌コーン内に貫通させるとともに、該PCストランドの端部を被覆層の外側より包囲して前記雌コーン内に圧入されるPCストランド端部側の一辺がほぼ垂直で他辺がそれよりも緩やかな斜面である不等辺三角形の先鋭な突起が内面周方向に形成された楔状の複数割雄コーンを突起の根元部を、前記ストランドの樹脂被覆層に当接させつつその先端部を該樹脂被覆層を貫通させてPC鋼材表層に食い込ませて定着し、PCストランドが緊張されたときに緩やかな斜面部に存在する樹脂被覆層がPCストランドの表面のめくり上げを防止してなるPCストランドの端部定着構造。
下の図が全体の説明です。
黒沢実用の作用
黒沢実用では、補正後の明細書でその作用を次のように記載していました。
- 緊張後のPCストランドの収縮に伴う複数割雄コーンの楔効果によるPCストランドへの圧着時に、複数割雄コーンの不等辺三角形の先鋭な突起がPCストランドの樹脂被覆層を貫通してPC鋼材表面に食い込んでPCストランドを強く把持するのでPCストランドがずれにくくなる、(突起の食い込みです)
- 突起の根本部が樹脂層に当接し、緩やかな斜面部に樹脂被覆層が圧入されるので、PCストランドが緊張されたときにPCストランドの収縮に伴う突起からの反作用によるPC鋼材の表面がめくり上げられる方向の力は、圧入された被服樹脂からの抗力により打ち消され、めくり上がりが防止されるので、PCストランドの端部定着化が図れる。(力の打消しです)
裁判所の判断
裁判所は、住友製品において、樹脂被覆層はPCストランドの表面のめくり上げを防止していると認められず、黒沢考案の構成要件の一部を充足しないと解しました。
その理由を次のように説明しました。
- 黒沢の主張
まず黒沢の主張ですが、それは次の通りです。
住友製品では、突起部がPCストランドの表面にくい込むと、樹脂が前後の突起部とPCストランドの間の空隙内に押し出される。
その場合に、樹脂の体積の合計は空隙の体積より大きい。だから空隙内の樹脂がPCストランドの表面のめくり上げを押さえることができる。
要するに住友製品でも、突起部が鋼撚線まで食い込んだ場合に、その表面の樹脂の体積は、突起部の隙間の体積より大きいから、ギュッと押し込められて反力が生じるはずである、というのです。
それを図示すると、黒沢考案の図3で描かれた矢印のような力のことです。
- 住友製品の構造は?
黒沢の主張に対して、実際の住友製品ではそんな変形や力が生じるだろうか?
樹脂被覆を強く把持したときに、樹脂被覆の肉がギュッと加圧されて反力を生じるか、あるいはスルッとどっかへ逃げ込んで力を逃がしてしまうか、が問題になりました。
住友は実際に使用した後のPCストランドを提出しました。
この実物を見て裁判所は次のように認定しました。
まず、雄コーンは分割体だから、加圧状態でも隙間があると認定しました。
住友製品では、3つの分割体は互いに接触することはなく、それぞれの間に約4ミリメートル程度の隙間が生じている。
下の図の「分割体の隙間」のことです。
次に実際に加圧した後の樹脂被覆の状態を見て次のように認定しました。
証拠として提出した住友のPCストランドの表面には、縦方向に約1ミリメートル程度の幅で被覆する樹脂が筋状に盛り上がっている部分が等間隔で3本存在する。
これらの「筋状の盛り上がり」の位置と、分割体相互間の隙間の位置が一致している、と認められる。
要するに、樹脂被覆層が加圧されて盛り上がった体積は、分割体(雄コーン)の隙間に逃げて膨れた、それは証拠の樹脂被覆の盛り上がった筋を見れば明らかである、ということです。
- 両者の比較
以上の認定事実を前提として次のように判断しました。
「住友製品の表面に存在する「筋状の樹脂の盛り上がり」は、3つの分割体の間に生ずる3つの隙間にPCストランドの表面に存在する樹脂が逃げ込んだことによって生じたことが明らかである。
また、PCストランドの表面に存在するネジ状の溝は、分割体の突起部がくい込んだことにより生じたものであることも明らかである。
したがって、住友製品においては、住友製品がPCストランドを強く把持した場合、突起部とPCストランドの間に圧入された樹脂は、
- (1)3つの分割体の各隙間から逃げ出し、かつ、
- (2)突起部がPCストランドと接していない部分からも逃げ出すものと推測される。」
結論
以上の認定から次のような判決を下しました。
住友製品において、PCストランドの表面を覆っている樹脂は、突起部とPCストランドの表面の間の空隙に閉じ込められるということはあり得ない。
したがって、住友製品の突起部が樹脂被覆層にくい込んだ際に押し出された樹脂の肉が、突起部とPCストランドの表面との間の空隙内に入り込むことによって反発力を生じ、この力でPCストランドのめくり上げを防止するという黒沢の主張は、その前提において採用できない。
したがって、住友製品は黒沢考案の構成要件の一つを充足していない。
以上のとおりであるから、その他の点を判断するまでもなく、黒沢の請求は認められない。
このように、住友は1,600万円の賠償をする必要がない、という判決でした。
高裁では
この判決について、高裁も争われました(平成 14年 (ネ) 1053号)が、この地裁の判決は維持されました。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/604/011604_hanrei.pdf
高裁の争いでは、黒沢は改めて「間接侵害」の主張をしました。
しかし黒沢の主張は次の点で問題がありました。
- (1)原審及び当審を通じ、間接侵害の主張を一切しなかった。
- (2)そればかりか、かえって、本件弁論準備手続期日において、「いわゆる間接侵害の主張はしない」と陳述した。
- (3)その後の本件第2回口頭弁論期日において、単に「間接侵害の主張を留保する」と主張しただけで、間接侵害を基礎付ける具体的な主張立証をしなかった。
- (4)このような原審以来の本件訴訟の経緯に照らすと、黒沢の間接侵害の主張は、時機に後れた攻撃方法(民事訴訟法157条1項)として却下を免れないか、又は著しく訴訟手続を遅滞させることとなる訴えの変更(同法143条1項)としてその変更が許されないことは明らかである
以上のとおりであるから、黒沢の請求を棄却した原判決の結論は相当であって、黒沢の本件控訴は理由がないからこれを棄却する、との判決でした。