建設特許の判例
「雨水浸透ます」特許で「均等論」が争われた
平成25年(ワ)第10958号 特許権侵害差止等請求事件
事件の背景
株式会社ホウショウEGなど4社(以下「原告」)は「浸透構造体およびその施工方法」の特許(第4465029号)(以下「ホウショウ特許」)の特許権者でした。
この原告が、「浸透スクリュー工法」(以下「サンリツ工法」)を施工している株式会社サンリツ(以下「被告」)を訴えました。
被告の「サンリツ工法」の装置を使用してはならない、「サンリツ工法」を実施してはならない、という訴えです。
ホウショウ特許とは
ホウショウ特許発明の特徴は、「街渠ます(集水ます)」を「雨水浸透ます」に改良するための装置や方法です。
集水ます
ここで「集水ます」とは、配管や排水溝の合流地点に設置して、合流して増加した流体がオーバーフローせずに下流に流下する、という機能を備えた「ます」です。集水ますがあると、合流地点での掃除が容易になります。合流させて、より太いパイプに流すのだから、集水ますはコンクリートの箱体となっています。
なお明細書の「街渠ます」とは、一般に「集水ます」と言われているものです。
雨水浸透ます
一方、「雨水浸透ます」とは、雨水を大地へ浸透させて還元するという自然のままの機能を備えています。
地中に還元することで、河川の氾濫を防止し、地下水の汲みあげによる地盤沈下を防ぎ、さらに大地に充分な保水力を与えて、植物の緑化の促進に貢献します。
ますの内部の雨水を大地に浸透させるのだから、穴あきの構造になっています。
両者の比較
下図が一般的な集水ますと雨水浸透ますの構造です。
こうしてみると、水を逃さない構造の「集水ます」を、水を逃す構造の「浸透ます」に改良する、しかもそれを小規模な工事(ますを交換せずに)によって改良する技術はなかなか大変な工夫が必要とされるのでは、と推測されます。
ホウショウ特許の記載
ではどうするのか?
ホウショウ特許の請求項1の一部には次のような記載があります。
金属製管体が挿通できる貫通孔11を有する基台1、
基台1に立設された油圧ジャッキ2、
及び油圧ジャッキ2に支持されて昇降可能なスライダ3(チャックを備えて上下動する板)を有する雨水浸透坑掘削装置。
図面でいえば以下のような構造です。(すばらしい図面ですね)
実際の工事では、上図の「基台1」を既存の集水ますの上にかぶます。
そして基台の中央の「貫通孔11」を通して、上部からオーガーを挿入して回転して、集水ますの底に縦穴を開口します。既存のますの底を円柱状にぶち抜くのですね。
その円柱穴を通して、ジャッキによって地中に鋼管を押し込みます。
地面の崩壊を鋼管で防護しておいて、オーガーは引き抜き、中空の鋼管の内部に多数の穴を開口した透水管を挿入します。
その後、不要になった鋼管を引き抜き、地中に残った透水管の内部にフィルターを充填して完了です。
本願発明の特徴
なるほど、すばらしいアイデア!と思うのですが、このような工法の基本的な手法は残念ながらすでに公知でした。それではホウショウ特許の発明の特徴は?
それは「発明の効果」として次のように記載してあります。
このように、既存の集水ますの周辺には大型の装置を設置しない、周辺のわずかなスペースを使うだけで、「集水ます」を「雨水浸透ます」に改良できる、という点が特徴なのでした。
サンリツ工法との比較
それに対しサンリツ工法で使用する装置(サンリツ装置)はどんな構造だったか?
サンリツ装置は、特殊な専用の装置ではなく、市販のフォークリフトを用いたものでした。
両者を比較すると以下の通りです。
文字通りの侵害か?
まず原告は、「フォークリフトの車体がホウショウ特許の『基台』に該当するんだ」と主張していました。
その主張に対して裁判所は以下のように切り捨てました。
そのように解するとしても、これ(フォークリフト)が「貫通孔」を有しないことは原告らの認めるところである。さらに油圧ジャッキが基台に立設されていることなどについても原告は何ら具体的主張をしていない。
したがって文字通りの「文言侵害」が成立しないことは明らかである。
均等の主張
そのような判断をされることは原告は分かっていたので、その論点をカバーするために、次のように主張していました。
- フォークリフトを使用しても、管体を保持するスライダによって管体を装着するために必要な空間は「貫通孔」として機能するから、貫通孔は本願発明の本質的部分ではない。
- 貫通孔をフォークリフトの前方に設けた空間に置き換えても同一の作用効果を奏するから、その空間は「貫通孔」と均等である。
このように、両者は文字通りに同一ではないけれども、その相違点は(1)本質的部分ではなく、(2)置き換えても作用効果が同一だから、「均等」である、という主張です。
では「均等」とは?
一般に、特許の争いでは全部の語句にピッタリと一致しない場合が多いといわれています。模倣者が、わずかな違いを作り出して、「侵害ではない」と反論するケースが多いからです。
権利者とすると権利の幅をできるだけ広げたい、一方、訴えられた側とすると、権利の幅をできるだけ狭く解釈したい、という争いになります。
そのバランスを調整するのが「均等論」といわれ、弊所の判例解説の「ボールスプライン事件」に詳しく説明してあります。
本質的部分か?
その「均等」の範囲を制限する要件の一つとして、ホウショウ特許の記載と、サンリツ装置の相違する部分、それがその発明の「本質的」な構成か否か、が問題となります。
本質的な構成が異なってしまえば、それはすでに別の発明(特許が取れるか否かは別にして)ということになるからです。
ではどのようにして本質的か否か?を判断するのか、それは発明の目的、効果が関係してきます。
本件の場合には次のように検討しました。
本件発明の目的、効果は?
まず本件発明の目的はどこに?という点を明細書の記載から次のように認定しました。
本件発明は、従来の雨水浸透構造体においては工事そのものが大規模なものとなって街渠ます等の市街地における排水構造体として実施できないなどの問題点があった。
その課題を解決するために、小規模な工事によって浸透性を有する地盤に浸透管を到達させることのできる浸透坑掘削装置を提供することを目的としたものである。
また、前記しましたがホウショウ特許の効果を明細書の記載から次のように認定しました。
ホウショウ特許は、雨水浸透管を埋設すべき街渠ますの周辺に「基台」を設置する程度のスペースを利用して雨水浸透坑を掘削することができ、
小規模な工事により十分な深さの雨水浸透坑を設けることができるという効果を奏する発明であることが認められる。
(蓋を外して、集水ますの直上に基台をセットする)
サンリツ装置では?
これに対し、被告のサンリツ装置はどんな構造か?裁判所は次のように判断しました。
サンリツ装置では、雨水浸透管を敷設すべき街渠ますの側方にフォークリフトを配置するもの。そのためのスペースを必要とする。
だから、本件発明とは本質的部分を異にすると解すべきである。
したがって「均等」をいう原告らの主張は失当である。
実際のサンリツ工法では、下図のように集水ますの側方にフォークリフトを配置して行います。
これでは「小規模な工事」とは言えないでしょ、ということです。
結論
以上の通り、被告サンリツの装置や方法は、原告ホウショウ特許の文字通りの侵害でないことはもちろん、その相違点、すなわち「基台」か「フォークリフト」かの違いは、
- 本質的部分の相違であり、
- 置き換えたら作用効果が同一とは言えない、
- だから均等であるとは言えないという結論でした。
この結論を見てから言うのは簡単ですが、「均等」を原告の都合のよい理解で主張しても裁判所に認められるのは難しいということですね。
なお本件では3件の特許権を争っていますが、1件目だけについて解説をしました。