斜面の崩壊を阻止するために金網を取り付ける工法は広く知られていますよね。 その場合に斜面上に金網を広げるだけではバタバタしてしまうから、複数のポイントをアンカーで抑える方法が普通でしょう。
例えば下図のような工法です。
(東京製綱プラスネット)
ところがそんな基本的な工法かと思われる発明が平成21年になって特許されていたのです。(4,256,545)
以下が請求項1の記載です。
引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーで製作した金網を保護すべき斜面に展設し(金網の展設) |
この方法の工程を図示すると以下のようになります。
金網の展設 |
受圧板の配置 |
受圧板で金網を押し付け |
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受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付ける
しかしこの工程だけを見ると、こんな方法は昔からあったのでは?という疑問が生じますね。
ほとんど限定した特殊な要件もないようで。
次に訴えられた「HD工法」です。
まず「下部プレート」を斜面に固定し、その上に金網(HDネット)を展設し、その上から「上部プレート」を被せて金網を抑える方法です。
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地表面に「下部プレート」、その上に金網(HGネット)、さらにその上から「上部プレート」を配置すると以下のような構造になります。
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ここで重要なことは、HD工法では上部プレートには下向きに4本の脚が突設している点です。
脚が飛び出しているから、金網は脚の長さだけは上下方向に自由に動くことができるし、網目の間隔だけは水平方向に自由に動けます。
特許権者の吉佳エンジニアリング(以下「吉佳」)は、このHDネット工法を特許権の侵害として訴えました。
販売の禁止だけでなく、約2300万円の損害賠償を請求して。
吉住は次のように主張しました。
HDネット工法は、斜面保護方法であって、 |
特に上部プレートの4本の脚はネットの網目を通って、ネットと接触し、上から押さえつけており、下部プレートの周りのネットは地表面より低く抑えこまれている。
このようにネット全体にほぼ均等に土圧による張力が働くから、上部プレートは住吉特許の「受圧板」に相当する、と。
被告のプレート部分 |
受圧板による押さえ付け例 (特開平7-42158) |
この上部プレートが「受圧板」? |
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これに対して訴えられたKJSは反論しました。
我々のHDネットは地山を抑え付ける目的、効果を有しないから、侵害ではない、と。
地山の崩壊を防止しているのはネットではない、下部プレートであるというのです。
HDネットは斜面の表面から浮いた状態で存在している。
だからネットは、プレートで抑えきれない中抜け土塊の崩落、落下を防止する目的で上下のプレートの間に挟まれているものだ。
したがって吉佳特許のような「受圧板と金網と地山が密着する」必要はない、と。
土塊が崩落して斜面に沿って転落して行くと、斜面下の道路などに衝突して大きな被害が発生する、その転落を阻止するのがネットなのだ、だから地山に密着せずに浮いていて良いのだと。
請求項1に記載があるのは「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」という表現だけなのですが。
知財高裁は下記のように判断しました。
被告のHDネットが地山表面に密着している証拠の写真は存在しない。
下部プレートによって地山が凹んでいる写真もあるが、これは上部プレートの押さえつけ作用で凹んでいるものではなく、もともと地山が凹んでいるに過ぎないのだ。
だいたい、下部プレートは30cm四方の板だから、地山に押し付けられてめり込むことはない。
かえってネットはすべての位置で地面と接していない。
だからネットは斜面を押さえつけるものではない。
したがって「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように抑えつける」という原告特許の要件を充足しない。
原告特許 金網全体に土圧による張力が働いている |
被告のHD工法 HDネットは地山から浮いている 土圧は作用していない |
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よって被告の工法は住吉特許の技術的範囲に属すると認めることはできない。
こうして住吉は、2,300万円を取り損ねました。
権利者はどうしても自己の特許権の範囲を過大評価してしまいますね。